「ほっ」と。キャンペーン

お引越し

沖縄移住もあと、35日を切った。

ブログは一足お先に引越しです。


良かったら、訪ねてくださいませ。

「ママの無謀人生」
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# by mame118m | 2008-01-26 23:29 | 沖縄  

日本一早い、桜祭り

沖縄に春が来た。
桜祭りが始まった。
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沖縄の桜は、寒緋桜である。

この桜は、花芽が夏ごろに作られ休眠状態に入り

一定期間寒さにさらされてから目覚めてくるので

山が多く比較的寒い沖縄本島北部から咲き始め

本島南部の平地に南下してくるという。
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今までは、全く知らなかった事が

これからは、身近な出来事になる。

ソメイヨシノが最高だとか、桜は卒業シーズンだとか

そういう野暮な事は言わず、その場所を愛し、

事実を理解して、柔軟に柔軟に、

生きてゆきたい。
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# by mame118m | 2008-01-25 20:28 | 沖縄  

「吉原炎上」と人間の欲

昨年の暮れ、12月29日、楽しみにしていた「吉原炎上」

観月ありさと吉原は、どうもつながらない、と思ったが・・・

意外に良かったのだ、これが。

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内田久野(観月ありさ)が吉原に売られてきたのは明治40年の春…18歳を迎えた年。
久野の故郷は貧しい岡山の農村。

義理の父が商売に手を出して多額の借金を抱え
久野は女衒に買われた。それも途方もなく安いお金で…。

吉原は官許の遊郭であるため、ほどなく営業鑑札の許可がおり
久野は男との初めての夜を迎えた…。

久野には結婚を約束した勇吉という幼馴染がいた。
あの日誓った約束…そんな思いを胸に久野は知らない男に抱かれた…

怖かった…涙が溢れて溢れて…





今は単なる歓楽街の台東区吉原・・・・・

ここは江戸から明治にかけて約三百年間、

文化、流行の中心地として繁栄を極めていて、

全盛期には約三千人の花魁と呼ばれる遊女が暮らし、

花魁道中が華やかに行われていたという。
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でも、そこに暮らす遊女たちの多くは貧しい農村から売られてきた少女…

そこでの扱いもひどいもの。病気になってもろくな治療もして貰えず、

寺に捨てられる…借金は膨らんでいくばかり…そこは地獄だった。

吉原・・・・・そこで見えてきたのは、青春という言葉すら味わうことなく

散っていった少女たちの命。




観月ありさは、背の高さと、現代的な顔が気になったけれど、

花魁道中はとても綺麗だった。

他の俳優も良かったし、特に観月と張り合う、星野真里が

女の機微をうまく演じてて良かった。
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この花魁は、浮世絵にも描かれ、

やがてはゴッホなど、世界の有名な画家にも影響を与えている。
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今も昔も、人間のしている事は

何も変わってはいない。

人間の欲と、それを商売にする人間。

まるで、生皮はがされて、皮を売られ、死んでいく動物と同じだ。

人間は欲にかられると、「誇り」とか「尊厳」とか、

そういうものは忘れてしまうのだ。

観月ありさが客である男に抱かれる時に、自分に言い聞かす。

身も心も凍らせよう

人間は、こう考えればやり過ごせるかも知れない。

だが、動物は・・・苦しむだけで、考える機会も与えられず、

訴える言葉も持たず、だから人間が守っていくしかない。




私は最近思うことがある。

欲を満たすのは、自分だけが満足するのであって、

他の誰も満足するものでは無い、という事。


そして日本では、もって生まれた欲求はほぼ満たされるという事。

私は自分だけが満足する「欲の満たし方」に不満を覚えるようになってきたのだ。

ここまで来るには、随分、自分にお金を使ってきた。

特に昨年のヨーロッパ一人旅は、そうだ。

脳そのものが、満腹したような感じだ。

脳が満腹すると、不思議と自分以外の世界に目が向いた。

自分が自分を満たすだけでは、満足しないのだ。

そこで、フォスタープランに入った。

・・・・・・・・・・・・待てよ???という事は、

自分を満足させるために、入った、と言うことか???

自分でしたためて、気づくなんて、、、、、、、(汗)

これがブログというものではあるが、、、、、

自己満足であろうと、自分ひとりを満足させるだけよりは

ましではないかしらん???・・・・・・・・自爆・・・・・・・・
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# by mame118m | 2008-01-23 10:49 | 一休み  

焦ってはいけないが・・・

EARTH

映画EARTH、見てきました。
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最初の3分くらいで、もう涙、涙、、、。

それだけ、動物や自然に対する気持ちが高まっている自分に

驚きと喜びが湧き上がる。
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かと思うと、昨日はテレビで、また「大食い競争」みたいなことをしている現実!!

テレビ局はエコだ環境問題だと言いながら、

矛盾しているではないか腹が立って仕方がない!例えば、、、、、

超有名人が動物愛護や環境保護の最先端にたって、活動すると、

とてつもなく多くの人が影響を受けるだろう。

誰か、声を大にしてテレビでバアーーーンと訴えてくれないか

焦っても仕方がないのか?

やはり、こういう問題は地道にするしかないのだろう。
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私も、去年、念願だったプランジャパンに入会した

アザラシ猟反対の署名をした。

たくさんしたい事はある。動物愛護への協力や、環境問題への取り組み。

焦らず少しずつ、ほんの少しずつ、たった1センチでも、たった1分でも、進みたい、活動したい。




つい先日1月17日、阪神大震災から13年の追悼集会があった。

あの時私は京都の家の2階で寝ていたが、普段は震度3くらいの

地震くらいでは絶対に起きない夫が「地震やアーーー!!」と、飛び起きた。

2段ベッドの娘たちは、二人同時に「何これ~!?」と、泣いてしまった。

勤めていた病院は神戸の震災の被害の大きかった場所から、

随分離れていたけれど、それでも「症状が軽いから、神戸では診てもらえない」

という何人かが来られた。

それでも、「つぶれた家のタンスの下敷きになって、おしっこが出ない。」

という、大変な状態だった。

それでも、「良いんです、良いんです。もっとひどい人が、たくさんおられますから。」

京都で阪急電車に乗ると、まるで戦争時代のように、

ジャージにリュックを背負い、乾燥した顔に遠い目をして買出しに

来ているかたがたくさん、おられた。あれは、、、、希望を失った目だった。



この年、職場で会計係だった私は、皆に呼びかけて、

いつもはドクターに渡すための、義理チョコ代、約2万円を神戸に寄付した。



あの大震災から13年もたつと、あの時の記憶は薄れつつある。

今はエコだなんだと騒ぎ立てているが、マスコミは変化が激しい。

すぐに薄れ、忘れていくだろう。



繰り返し繰り返し、訴えていくしかないのだろう。
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# by mame118m | 2008-01-20 19:54 | エコ  

母と娘の永遠

     私がこの世に生を受けた時

     あなたは陣痛の苦しみから解放され

     私をイトオシク見つめ その手に抱きしめてくれた
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     私がよちよち歩きを始めた時

     あなたは振り乱した髪を 直す事さえ忘れて

     手をたたいて 喜んでくれた
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     私が成長し 反抗期になると

     悲しげな顔で 私の後姿を見送った

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     私が看護学校に受かり

     遠く離れて暮らすことになり

     泣きそうになって列車に乗る私を

     あなたは笑顔で送り出し あとで泣いていた

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     今 老人と呼ばれる時期になった母

     そして中年を迎えた娘である私

     会ったら喧嘩ばかりしては あとでしこたま後悔する

     母娘って こんなものなのかな・・・

     もう少し優しくしようとしても 必ず失敗してしまう

   ごめんなさい ありがとう

     たったこれだけの言葉が

     何故言えないのだろう

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# by mame118m | 2008-01-19 18:19 | 人生、再出発  

S.A.T.U.R.D.A.Y.N.I.G.H.T!!

    ベイシティーローラーズ

70年代に“タータン・ハリケーン"と呼ばれる一大センセーションを巻き起こし、世界中で社会現象になるほどの人気を集めた英国、スコットランドのエジンバラ出身のアイドル・グループ。
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アラン(ベース・ヴォーカル)とデレク(ドラムス)のロングミュアー兄弟を中心に、65年に結成されたアンバサダーズというグループが前身で、68年にグループ名を“ベイ・シティ・ローラーズ"に改めて再出発。71年に当時のベル・レコードからシングル「朝まで踊ろう」でレコード・デビュー。

その後、度重なるメンバー・チェンジを経て、74年に看板ヴォーカリストのレスリー・マッコーエンをフィーチュアした、エリック・フォークナー、スチュアート・ウッディ・ウッド、アラン・ロングミュアー、デレク・ロングミュアーという5人編成になって以降、「バイ・バイ・ベイビー」('75全英1位)「サタデイ・ナイト」のようなビッグ・ヒットを連発して、本国イギリスを皮切りに、世界中で人気爆発。

最盛期は74年から78年までの4年間で、その間には3度の大規模な来日公演も実現。
しかし、78年秋の3度目の来日公演を最後に、看板ヴォーカリストのレスリーが脱退し、残されたメンバーは元ラビットのダンカン・フォールという新ヴォーカリストを迎え、グループ活動を続けたが、81年に解散。その後、82年に最盛期の5人のメンバーで再結成して以降、歴代の主要メンバーを集めたオールスター・ラインナップで何度かリユニオン・ツアーを行う。


このグループに熱狂していた、というだけで年齢がわかってしまう(汗)

だけれど、飛騨の雪深い田舎しか知らない中学生の私にとって、

タータンチェック姿で、ブルーの瞳を持った彼らは、憧れだった。

まさか、20数年後に、ベイシティーローラーズの出身地である、

エジンバラに親戚が出来るなんて・・・誰が想像できただろう?

しかも、いつもいつも私の横で、姉たちにイビラレ、チョッカイを出されて、

大きな目からポロポロポロポロ、涙をこぼしていた妹が、連れてくるなんて・・・

しかも、こんな姿で、あの美しい、私の青春の憧れの1ページを

脆くも崩す奴ら・・・
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いやいや、謝られても。。。。。
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いやいや、叫ばれても。。。。。
            (やっこのブログから、チョイ拝借)

まさにアンビリーバボーだ!

私自身が、京都に住んでいるのも「まさか」の展開!
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そして、沖縄に移住するのも、「まさかまさか」の展開!
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まさに人生はアンビリーバボーの連続。

だから、不安。そして、心配。

でもあえて、こう言おう。

だから、面白い。そして、楽しい。

人生は楽しむに限る。
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# by mame118m | 2008-01-17 09:43 | 好きな者、物たち  

飛騨古川 三寺参り

故郷の飛騨古川には、「三寺参り」という、美しいお参りがある。

うちはクリスチャン家庭なので、行ったことは無いが

父が送ってくれる写メを見て、いつも幻想的で綺麗な所だなあと思う。

こんな美しい雪国に生まれ育ち、青春はいつも半分が雪景色だった。

18才で「小京都」と言われた故郷を離れ、本当の「京都」に移り住んで30年余り。。。

故郷の大雪も美しいが、京都の雪は儚くて、また違った趣がある。

こんな四季おりおりの美しい故郷と、京都を離れ、

沖縄へと移り住もうとしている。

同じ日本でありながら、沖縄の「桜祭り」は1月から始まる。

ちょっぴりおセンチになるけれど、前向きに生きる決意をした私。

これからは、沖縄の明るい日差しと美しい海を楽しもう!

以下、飛騨古川の「三寺参り」について・・・・・

冬の幻想 白壁を揺らす灯火
冬の飛騨古川、三寺まいりの1月15日。
雪深い山里の静寂を破って町中に賑やかな人波が生まれます。
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その昔、野麦峠を越えて信州へ糸引きの出稼ぎに行った年頃の娘たちが着飾って瀬戸川の川べりを歩いて巡拝し、男女の出逢いが生まれたことから「嫁を見立ての三寺まいり…」と飛騨古川の小唄にも唄われ、縁結びが叶うおまいりとして全国に知られるようになりました。
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今日でも恋の御利益があるということでたくさんの若者が訪れています。
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雪の降る当日はそれぞれのお寺に、三嶋和ろうそく店がつくった高さ80cmの大ろうそくが灯されます。また目抜き通りには、高さ2mを超す雪像大ろうそくが立ち並び、瀬戸川沿いには千本ろうそくの炎が揺れ、雪化粧の古い町並みを幻想的に彩ります。

三寺とは「本光寺」「真宗寺」「円光寺」です。(下の写真)
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# by mame118m | 2008-01-16 12:12 | 好きな者、物たち  

沖縄移住決定!

いつからだったか、沖縄に移住しようと考え始めたのは。。。

19年働いた職場を辞めて、5ヶ月。

ようやく、沖縄の移住先が決まった。

那覇空港から車で10分、ゆいレール奥武山公園から、徒歩20分。

閑静な住宅地だ。

ココを連れて行くので、ペット可物件は探すのに苦労したが、

結構いいところがあって、ホッとした。

物件を選ぶにあたってポイントだったのは、

①環境の良い所

②買い物の便利な所

③モノレールに徒歩圏内

④駐車場付きで部屋が明るい所

そしてなにより。。。

⑤お風呂、トイレ、洗面所が別の所


⑤の、条件は内地から行く者にとっては、はずせない条件ではないだろうか?

しかし、沖縄は立ったままシャワーの所が多く、そこに洗面もトイレもある。

妹のエジンバラも、そうと言えばそうだが。。。「欧米か?」

まあしかし、これだけの条件でペットOKだから、ほっとしました。

2月の中旬には引越し、中古車も買いたいし、就職探ししなきゃいけないし、

ボヤ~っとはしていられません(汗)

いつになったら、落ち着くのか??

そんな年で、と人は言うかも知れないが、こんな時こそ思い出そう。

自分で書いたあの時の言葉を。。。

<曻地三郎先生>

 10代:親の言うことを聞こう。
 20代:まず「やってみる」よい配偶者を得る。
 30代:子育ての時代。親子で希望の星を求めよう。
 40代:最も花咲く時期。勝負せよ。
 50代:人生最高の時。
 60代:飛躍の時。自分の学問、実績を広げよう。
 70代:70くらいで屈してはならない。自分を鍛えよう。
 80代:半分の40代のつもりで頑張ると気力が出てくる。
 90代:今からでも遅くはない。15歳の意欲でいよう。
 100歳:Go ahead!前進、また前進。


40代・・・・勝負だよおおおお!!
落ち着いたらこんな所へ行ってみよう。
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こんな風景にも癒されたい。
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先日は美味しい沖縄そばを食べてきた。
熱い修行中青年のブログを通じて知った店。
あっさりして、とても美味しい、いつか父と母を連れて行こうと思っている。
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那覇の「麺屋シーサー」さん。
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# by mame118m | 2008-01-14 16:33 | 人生、再出発  

見えない戦渦をくぐりぬけて

~母の投稿から~07年12月30日よりつづく・・・

我が故郷は、山河こそのこったものの人々のの心はやつれ、精神的焼土となった。

また、全国から親戚縁者を頼って、大勢の疎開者があふれた。

そのうち生き残った兵士の帰還が始まり、近所の兄(あん)ちゃんも

半病人のようになって帰ってきた。しかし、彼を待ち伏せた「ふるさと」は

二重、三重苦を彼に負わせたのである。5ねんぶりの我が家はすでに父母は亡く、

待ってくれているはずの新妻は去り他家へ嫁いでいた。

天井を仰ぎ、雨戸をさすりながら、風のみが吹き抜けるからっぽの家の中を

巡り歩いている兄ちゃんの姿を、近所の人々とおろおろしながら見詰めていた日・・・・・

まるで、色彩の無い万華鏡を覗く様な遠い日の記憶である。

その後、人が変わったように働き通し、財を盛り上げていった兄ちゃんと同じく、

わが町も戦禍あとかたもなく装い、人々の心の中から歴史の黒点は消え去ったかに見える。



思えば、かつて私たちは全世界へ向けて「戦争放棄」を宣言した。

二度と銃を持たない、我が子を、戦場へ送らないと云う叫びを、

この大地へ食い込ませたはずだ。しかしいま、戦場への道標が

戦争への狼煙が足元から上がろうとしているのだ。

わたしたちは見て見ぬふりをしてはいけない。

口をつぐんではならない。

戦争の悲惨と愚かさを、拳をふるわせながら語り継いでいかなければと思っている。



私たちは、二度とふたたび、人々を、ふるさとを、山河を、

悲しませてはならないのだ。
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# by mame118m | 2008-01-04 10:12 | 戦争反対  

あけましておめでとうございます。

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昨年は、生まれ変わりの年だった。

苦しいトンネルを抜け、もう一度新しい人生を

歩む決心をした。

たった一人で苦しんでいると思っていた。

孤独で、辛い日々は永遠に続くと思っていた。

でも、一人ではなかった、多くの人に支えられ、祈られ、守られた。

この年は、今度は周りの人にお返しする番だ。

力まず、自然体で、生きてゆきたい。


今年もよろしくお願いいたします。
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# by mame118m | 2008-01-01 00:01 | 人生、再出発